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村 百姓たちの近世

祝日で暇なので、久しぶりに本の紹介。

堅い話になってしまったので
興味のない方は飛ばしてください。


シリーズ日本近世史2
「村 百姓たちの近世」 
(水木邦彦 岩波新書)

タイトルを見ただけで
ほとんどの人が興味をわかないでしょうが
そんな人にも興味が持てそうな所を
一部紹介します。

江戸時代の村と言えば、
時代劇なんかで
庄屋とか名主とかが出てきますが、
これが必ずしも世襲制ではなかったようです。
(村人の話し合いで決めていたこともある)


あと、江戸時代に書かれた
「農家経営モデル」が2つ紹介されていて、
時代も規模も違うのですが、
どちらも雇用労力が前提、
とういのも
農業関係の仕事をしていたおじさんにとっては
「へー、そうなんだ」でした。

今の日本農業でも、
昔ほどではないですが、
雇用労力を入れていない専業農家は
いっぱいあります。

事実、
おじさんが担当している産地に
視察に来た人が
新規就農者がいきなりパートを雇っているのを見て
驚いた、と言うことがありました。


まあ、この辺は余り興味がわかないと思いますが、
読んでいて今に通じるなと思ったことが
いくつか。


上で触れた農家経営モデル、
1つは17世紀後半?に書かれたもの、
もう1つは18世紀後半に書かれたものです。

古い方は
雇用は年季奉公、
つまり「正社員」ですが、
新しい方は「季節奉公」や「日雇い」といった
「非正規社員」です。

時代が下がるに従って非正規が増えています。
今と一緒です。


あと、
時代が下がるに従って
自給肥料から購入肥料に変わる、
というのは歴史の授業でも習いましたが、
これにより、
「中以上のものでなければ買い肥をすることが出来ず、
 (下層の百姓は)もっぱら草や下水を採取して
 肥やしとして農業を営んでいる」
「上層の百姓は買い肥を多く使うので、
田地も自然と上田となり、いよいよ勢いを強めている」
(同書185ページ 改行は引用者)

と、
農家の間で格差がどんどん広がっています。
これも今と一緒ですなあ。


さらに、
新田開発を行うことによって、
肥料用の草木が過剰に採取されて
山が「はげ山」になり、
地滑り等の自然災害が増える、
という環境破壊も、今に通じることがあります。


この「はげ山」問題で
北朝鮮のことを思い浮かべました。

報道によると、
「北朝鮮の農家は山に入って、木の根っこまで食べている」
と聞きますが、
そういうこともあるにせよ、
どちらかと言えば、
肥料用に草木を取っているんじゃないでしょうか。

今は経済制裁で輸入はありませんが、
かつて北朝鮮から輸入していたものに
意外なものがあります。

これは都市部の人はもちろん、
農家の人でも
「え? そんなものを輸入していたの?」
と言うものがあります。

それは稲わらです。

稲わらなんて農村部にそこら中にあるんじゃないか
と思われるでしょうが、
今の日本では
稲わらは収穫時にコンバインで細断されて
土に還元されているので、
牛を飼っている農家は
敷きわらや粗飼料につかう稲わらの確保が難しく、
輸入品を使っていた、と言う経緯があります。

化学肥料を使う現代農業でも
稲わらを土に還元しても
地力はやや減少すると言われています。

ましてやそれを輸出していたとなれば
北朝鮮の農地はどんどん痩せていったはずです。

ある意味、
経済制裁によって北朝鮮の農家は
少し助かったのかもしれません。

だからといって、
経済制裁をするなと言う気は
毛頭ありませんが。


話が堅くなってしまいましたが
もう1つだけ。

暴れん坊将軍吉宗が行った
享保の改革、
きっかけの1つとして
米価が低迷し、幕府や諸藩が困った、
ということがあります。

これを受けて
幕府は新田開発を行いました。

当時の幕府や諸藩にとっての
基軸通貨は米です。

これって、
通貨安(米価)で困っている政府が
さらに輪転機を回して(田んぼを増やして)
さらに通貨安になるという
悪循環ですねえ。

吉宗、あほや(笑)


まあ、この本のおかげで
「昔、六甲山ははげ山だった」の
理由がわかったのも収穫です。

新書なので手軽だし、
歴史ファンの人には一読の価値があります。


ここをクリックしてくれると、うれしいやら悲しいやら


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コメント

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いつも興味深い話題ありがとうございます。読んでみます。

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